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「え……」
「俺が先輩に好きだって言ったの、まだ気にされちゃってるんですか?」
「えっと、その」
「だったら……」
下を向いてた今泉がオレを睨む。眼鏡の奥の瞳は強い光を放ってた。
「告白、取り消しますから。忘れてください」
「って、今泉……?」
「なかったことにしてください。気にされても困ります」
ちょっと待て。オレはオマエに好きだって言われたことを気にしてたんじゃなくて、その……、だ。
「和成先輩はいつも誰に告白されても断って、でもそれ引きずったりすることなくそれまで通りにすごく自然に告白した相手に接してきたじゃないですか。だから俺も、言っちゃっても大丈夫だなって思って好きだなんて言いましたけど。そんなに気に病むんでしたら忘れてください。俺も、言わなかったことにしますから」
確かに、そうだ。オレは今までいろんなヤツに付き合ってくれって言われてきた。だけど、こんなに引きずることなんてなかった。クラスメイト、後輩先輩、街でナンパされたおねーさん達。仲いいヤツでも知らないやつでも、告白前とその告白を断った後で態度を変えるなんてことはしなかった。だけど……。
「なかったことにするとかいうってことは、あの告白ってその……本気じゃなかったとか、なのか?」
まさかと思いつつうっかりオレは失言した。そんなこと今泉に限ってないと思っていたってのに。オレがマズイ一言言ったってのにすぐ気がついて、ごめんっていう前に、今泉のほうがオレを怒鳴ってきた。
「本気に決まってるでしょうっ!あんなこと冗談なんかじゃ言いませんっ!」
「わ、わりぃ……。その、すまん」
「本気ですけど、俺はフラれたんだから未練がましく縋ったりなんかしません。でも先輩が気にしてるっていうのなら取り消すって言うだけです」
怒りを抑えるように、今泉は何回も息を吐いては吸った。
「……恋愛って意味じゃないけど、和成先輩、俺のこと、ちょっとは大事でしょう?」
「え?」
「生徒会の副会長の役職、引き継ぐの俺だし。そうじゃなくても俺、後輩としてだけど、和成先輩に気にいられてるんでしょう?そんなの知ってます」
そう、コイツは、今泉はオレの気にいりの後輩だった。オレは、誰とでも上手くやっていくことには自信がある。鈴原はまあ、気心は元々知れてるけど。今泉はなんでか結構気にいってた。友達とかクラスメイトとかでも気の合うやつとか合わないやつとかいるだろう?今泉は真面目で眼鏡でこれといって特長なんかなないみたいなんだけど。仕事丁寧でさ。ちゃんと他人に気を配れるヤツ。空気読むのが旨いっていうのかな?傍に居ると落ちつくヤツっているだろう?あと、すげえ努力家でさ。そういうところも好感持てた。すげえ頑張って、オレのサポートとかしてくれた。だから、後輩ながら頼りになるなあってさ。
「あー、バレてた?」
「それ、嬉しかったですよ俺。先輩に好意的に見てもらえてるって。少なくとも信頼してもらってるってわかって俺はすごい嬉しかったんです。でも、だから、ですか?他の人たちに比べてオレがちょっとだけ先輩にとって特別っぽいから……。だから俺の告白気にし過ぎちゃってるんですか?」
答えられなかった。
告白、断った後になって今泉のことが気になった理由。
……多分、オレは。今泉のことが気に入っているなんてレベルよりももっと好きになってしまったのだと思う。それが恋愛かはどうか置いておくとして。気にいってるヤツにさ、好意的に、トクベツっぽく思われたたら嬉しいだろ?単にそれだけなんだったらよかったんだけど、どうもちっと何やらオレにもわからないもやもやがある。わからないから気になって、気になるからもっと見て。で、見れば見るほど目が魅かれる。うーん。
なのに。
「だったら俺のコト嫌ってください」
って今泉が。
「は、い?」
嫌ってくださいってどういうことだ?
「俺、先輩の負担になるのなんてごめんです。告白なんてしなきゃよかったな……」
後半のセリフはオレに言うっていうより今泉自身に言い聞かせてるみたいだった。
「どうしても言いたくなって、耐えきれなくて言っちゃったんですけど忘れてください。無かったことにしてください」
それだけ言って今泉は。桜庭達が鈴原を引きずって帰ってくるまでずっと無言だった。
――先輩の負担になるなんてごめんです。
今泉ってこういうヤツなんだよな。
どうしても気持ちが溢れてオレに好きだって言って。でもオレにはそんな気ないってわかっていたからフラレるつもりで告白して。玉砕して。それで、気持ちをすっぱり切り替えちまったんだろう。もうオレのことなんてふっ切ってるのかもしれない。そのくらいの潔さを持っている。
無かったことにして欲しいのも、嫌ってくれとか言いだしたのも。
それはオレが、今泉の告白を引きずっているから。
オレが負担に思ってるって、今泉が誤解してるから。
そんなことじゃなかったら。もしもオレに告白してきた他の奴らと同じように、告白前と告白後もオレが態度を変えなかったら。きっと今泉はオレに告白したことなんかなかったように以前どおりの後輩としての態度を崩さなかっただろう。
そういうヤツなんだコイツは。
こういうヤツだから、オレは今泉のことを信頼して、気に入りの後輩になって。
……多分、今、オレは今泉に惚れた。
コイツの、こういう潔さに、きっと、今、メチャクチャ惚れた。
どーしよ。
頭抱えそうになった。
こんなふうに思うなら、あの時、今泉が告白してきた時断らなきゃよかったとか後悔した。
だけど。
今泉はオレのコトもう諦めて、気持ち切り替えちまってる。
今更、じゃねえの?
ものすげえイマサラだよな?
今ここで、実は今泉に惚れましたなんてオレのほうから告白したところで「気を使わないでいいですよ」なんて言われるか「同情なんて要りません」って跳ね付けられるかってところがオチだろう。
どーしよ。
オレは本気で頭を抱えてしまった。

そして。
運の悪いことに。
のんびりと悩みなんか抱えている暇もなかった。

怒涛の文化祭&体育祭の連続三日間祭り。

その準備準備準備準備でまともに今泉のことを考える時間なんかも本気で無かった。



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