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まず、当時のことを回想しよう。いつどこで誰がどうしたを語るのは基本中の基本だからそのあたりから初めてみよう。うん、いつも俺が授業でやってることだ。問題の解説する時は「ほーら、本文の内容確認行くぞー。いつ?どこで?だれが?どうした話かなー、これは。忘れたヤツは本文見直せよー」なんてウチの塾の生徒に向かって口酸っぱく言ってるけど、この四点抑えるのが読解問題の基本中の基本だろ。そういうわけで時間と場所から確認するぞ。
あの時は暑かった。もうめちゃめちゃに暑くて熱中症になりそうな時だった。ま、つまりいつの話かといえば夏だったんだよ。具体的言うと一年前の夏の盆休み。俺は去年の夏のことを思い出しているってワケ。そんでもって場所はと言えば俺の地元。割と田舎の町ですよ。駅前とかには居酒屋だとかコーヒーショップだとかコンビニとかでっかいスーパーだとかあるからそこそこ生活には便利な町だけど。細い路地とか結構あって、道はちょっとごちゃごちゃしている。整備されて整然とした街並みでは決してはない。ああそうそう「街」じゃなくて「町」ってカンジ。今俺は1Kのちっさいマンションの部屋借りて住んでるんだけど、引っ越して来た当初は迷ったもんなぁ。自分の部屋に帰るのに迷うってどういうことだって結構笑った。でも居心地いいんだよなこの町。町の真ん中にはシンボル的に流れてるでっかい川なんかがあったりしてさ。お盆の時期にでもなれば地域の花火大会とか開催されて、打ち上げ花火が何百発、屋台の食べ物屋だとか金魚すくいだとかの夜店も出るんだよ。まあ地元ローカル花火大会だから、何千人何万人の人出なんかはないけどね。ホント地元のお祭り程度。ああ、川はさ、一応流れが速くて深さもある川だから遊泳禁止にはなっているけど、趣味の釣り師が何人かその川に浅瀬に入って竿なんか投げたりしている。俺はそんな風景をボケっと見るのも結構好きだ。のんびりするだろ?いい町だよ。そんでその河原のところに何故か一本だけ、でっかいヒマワリが咲いていたんだよ去年はな。
今は、そうだなあ。十、十一、十二……、ええと、けっこう咲いてんな。去年と比べて増えた原因は多分俺だけど。まあそれはいいか。とりあえず、去年はさ、右を見ても左を見ても、対岸を見ても他にそんなものはない。ただ一つだけ、ぽつんとってカンジでヒマワリの花が咲いてたんだ。誰かわざわざここに種でも植えたのかなって思ったりした。で、さあ。去年の俺はそのヒマワリがなんとなく気になって、それから暇だったのもあってさ、その時そのヒマワリ目指して河原に下りてみたんだよ。
ちょっと急な斜面だし、結構デカイ石がごろごろしているから気をつけないと転びそう。なんでこんなことしてんのかなーとちょっと冷静に考えながらもヒマワリ目指して黙々と歩く。元々はコンビニにアイスとビールとタバコを買いに来ただけだったんだけど。お盆休みで仕事もなし。かと言って一緒に出かける彼女もなし。ぼけーっとだらーっと自分の部屋にヒキコモリって状態で、テレビ見たり本とか雑誌とか入試資料とか読んだりとかだけしてるのもなーって思ってふらっとテキトウに外出ってカンジだったんだけど。
……出かける時間を間違えた。こんなまっ昼間、すっげえ暑いに決まってる。普段は冷房がちゃんと効いた涼しい教室なんかで仕事してるし、さっきまではガンガンにクーラー入れてる部屋でだらだらしてたし。だから、久しぶりに歩く炎天下の、その狂暴性をナメていた。
ぶっちゃけ暑い。
熱中症に気をつけろよ、なんてウチの塾の生徒にはしょっちゅう小言みたいに言ってるんだけど、俺のほうがぶっ倒れそう。汗がだらだら流れてく。まあでもコンビニにたどり着けば涼しいし、アイス食いながら帰れば平気だろう。なーんてぼけーっとした頭は本気で判断力も低下しているらしい。コンビニではなくヒマワリに向かってひたすら歩いていく。割と近くにあると思っていたヒマワリまでは歩くと結構な距離があった。だけど川に近寄って行っているせいか吹いてくる風は涼しくて、ちょっとだけ気持ちがいい。あー、川にざぶざぶ入りたい。せめて川の水で顔くらい洗おうかなあ。ほんと暑い。日差しを遮るものなんて何にもない炎天下の河原。帽子くらいかぶってくればよかったかなあ。頭のてっぺん焼けそうだ。帽子、帽子……、ヒマワリには麦わら帽子が似合うよな。そんなもの、最近は小学生でもかぶってるところなんて見たことないけど。せいぜい農家のおっちゃんおばちゃんたちがかぶって農作業に勤しむくらいか。ああ、ごくろーさまだなあ。体力のない俺には夏の農家のお仕事なんてエライお仕事ぜんぜん無理。うー、クーラーが恋しいなあ。あー、なんで俺はこんな歩きにくい炎天下の河原なんかに来てるんだっけ?ああ、そうだそうだヒマワリだ。ホント暑くて頭がぼーっとする。国道に引き返して喫茶店でも入ってクーラーとアイスコーヒーの恩恵に浸ればいいのにさ。だけどここまできたらっていう意地って言うカンジもある。近くまで行かないで引き返すのはなんか癪だ。

続く



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