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今にも「私こういうものでして、」とか言いながら名刺とか差し出しそうな感じだぞ?クールビズ全盛期のこの時期にきっちりネクタイまで締めていて、背広の上着、きっちり着こんで。それが浮いてるっ!浮いてやがるってどういう幻覚だよ?非現実的にもほどがあるっ!
「こんなところからすみません。どうにもこうにもふわふわと浮いてしまうので……」
恐縮したみたいにぺこぺこと頭なんか下げてるけど。
「ええと……?」
「私も浮きたくて浮いているわけではないので、そのあたりは一つご容赦いただけると助かります」
「ああ……、えっと、はい」
何を言っていいのかわからなくてとりあえず受け答えだけを俺はした。そうしたらほっとしたようにその浮いている男は微笑んだ。
……これはアレか?いわゆる幽霊ってヤツか?
じーっと見てみれば透けて見える。うん、透けてる。だけど、幽霊っぽくない。夏に幽霊はつきものだけど。だけどさ、炎天下の河原にヒトの良さそうな顔で、しかもヒマワリの所に浮いているサラリーマンはないだろう。
どこから突っ込んでいいのやらわかりません。まあでも一応確認は必要か、な?
「ええと、アナタはえっと、ゆーれいとかそういうカンジなんでしょーか?」
背中に羽根がないから天使とかいう線はないだろうと思われる。でもヒマワリの精霊とかだったら即座に逃げよう。ホラーは別に怖くはないがコドモ向けのファンタジーは苦手だ。授業のテキストではたまに出てくるけどな。ファンタジー系の文章。でも俺は説明文とかそういうのの解説授業のほうが得意ですよマジで。一応国語教師だから、不条理な小説だろうがなんだろうが文法にのっとってきっちり説明するけどさ。でもさ、ホントはちょっと苦手だけどな。一応読んではいるんだよな。はやりもんの小説の類。映画化されたヤツの原作本とか。買ってますよ?まあ、なかなか手が伸びなくて部屋の片隅で積まれてるだけになってるのもあるけどさ。入試問題とかで使われる場合もあるから一応買って、出題されたところの前後とかだけでも読もうと努力。ほとんど職業意識の産物だ。ぱらぱら読んでみるけど気が向かない。ファンタジー展開なんてもう駄目だ。ホラーのほうがまだ数倍マシ。登場人物の心の動きなんてすげえわかりやすいもんなホラーは。何かあるぞ、怖い助けてー。悪霊をやっつけなければエトセトラでわかりやすい。まあホラーは怖がらせてナンボだから、ひやってするとか怖いとか思うため展開だからなあ。細かい登場人物の心情なんて書いていたらきりがないからそれでいいと思うけど。まあ、ホラーなんて入試問題にもテキストにもあんまり出てこないけどさ。なんて思考は現実逃避し出してきた。いかん、前を向け。現実から目を逸らすな。……って言っても非現実な光景なんだけどさこの男は。
「ええとですね、そのあたりが微妙でして」
「ビミョウ?」
眉根を寄せて首をかしげる。う、まともに太陽の光見ちまった。眩しい。せめてこの男の身体が透けて居なかったら日陰にでもなるのになあ。ユーレイなら透けるなっていうのもまあ無理か。でもビミョウ?
「ええ、私、何故こんなところにいるのかも、そもそも私が誰であるのかもわからなくて困っているんです」
はい?わからない?ってことはユウレイですらないってことか?だからビミョウ?
「透けてますし浮いてますから、一般常識的に考えればまあ所謂幽霊というものかと思うんですけど、死んだ記憶はありませんし」
「へい?」
「そもそも記憶全部ないんですから死んだのかどうかもわからないんですがねえ」
「はい?」
記憶が全部ないってことはこの男、記憶喪失?
「だから貴方のご質問に答えられなくて申し訳ないのですが、とりあえず、私が幽霊かどうかは不明です」


続く




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