▼15

だって。
だってさ。
去年のあれはなんだったのかとか。
久慈さんの姿が事務のおねーさんにも見ることが出来てこんな名刺があって、電話したらつながって。ユーレイじゃなかったのかとか。一体正体何なのかとか。
聞きたいことがてんこ盛りで。
結末、知らないままだと気持ち悪いだろ?
起承転結はきっちりしていないと気が済まないんだ。いつどこで誰がどうした、って最後までしっかり掴むのが文章読解の基本なんだ。
……なんて、さ。そんなの嘘じゃないけど言い訳っぽい。
それだけならこんなにも必死になって走る必要ない。
駅前のコーヒーショップで待っていてくれるのなら、歩いて行っても走って行ってもすぐ会える。ウチの塾からそこまではのんびり歩いたって五分程度。焦らなくても平気なはず。
でも俺は走った。
教室を出て、交差点に差し掛かって、赤信号待つの嫌で歩道橋の階段を二段飛ばしで駆けあがって。全力で久慈さんを目指す。
駅前のコーヒーショップのドア勢い良く開けて、店内を見渡す。
……居た。
去年と何一つ変わらない、夏だっていうのにネクタイきっちり締めているスーツ姿。
去年と違うのはその姿が少しも透けていないこと。
……本当に、居た。
俺は店員さんの「いらっしゃいませ」なんて言葉も聞かないままに、ずかずかと久慈さんの傍まで大股で歩いた。
走ってきたから汗がすごい。心臓の鼓動もバクバク鳴って。
久慈さんは俺に気がついて、すっと席から立ち上がった。
それでにっこりと穏やかに笑って。細めた目尻にうっすらと浮かぶ笑い皺。
去年ユーレイの姿のままの、ただ、実体になっている久慈さんが、居た。
「よかった。お会いできて」
そう言って、あの時みたいに手を差し出してきた。
「く、久慈さん……貴方、」
幽霊じゃなかったのかやっぱり。
震えながら俺も手を伸ばしてみた。去年この手に触れた時は空気みたいなふわっとした感触しかなかった。だけど今は。
しっかりとした人の体温。確かに触れる感触。
「あ、ぁぁすみません。俺、汗かいてて」
慌てて手を離して、ごしごしとシャツで拭う。
驚いたから、もあるし、汗かいてる自分の手がすごく恥ずかしいのもあって。
「いえ、構いません。また貴方にお会いできて嬉しいです」



続く



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