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うわぁ、やっぱり好みのタイプの穏やかな笑顔だ。……男だけど、さ。
俺はなんて言ったらいいのかわからなくてただただ久慈さんを見た。
「ええと、どこからお話ししていいのやら、ですが」
「は、はい」
「とりあえず、少しの間再会の感激に浸らせてください」
「はい……」
店員さんに、アイスコーヒ頼んで。俺がそれ飲み干すまで、ずっと久慈さんはにこにこしながら俺の顔見てた。
「あ、あのう……」
「ああすみません。じろじろ見てしまって」
「え、ええええとですね」
なんか無性に顔が赤くなる。……走ってきたせいじゃない動悸の速さ。
「先ほど、職員室のところから教室の中が少しだけ見えまして。貴方のお顔を確認できた時も感慨に浸ったのですが。……会えてよかった。探した甲斐がありました」
「さ、探したって……」
どうやってだ?俺だってあの河原には何回も行った。だけど、久慈さんの姿なんてなかったし。家にだって来たことねえだろ、ユーレイだった時ならともかくこの姿でさ。
「ああ、最初からお話しますね。実は……」
そう言って一言一言を確かめるみたいに久慈さんはゆっくり俺に説明し始める。
一年前の夏、久慈さんは事故に遭ったんだってさ。車に轢かれて意識不明の重体で、生死を彷徨ってたらしい。そんで意識取り戻してから病院のベッドの上でとかリハビリの最中とか、なんか俺のこと思い出していたんだって。ああ、ってことは去年のあれ、ユーレイじゃなくて生霊とか?ううう、それだと少しおどろおどろしいか。精神体?肉体と意識が分離したとかそういうパターン?まあなんでもいいか。会えたんだし。
「夢かと思ったのですけれど。実に鮮明ですし。気になって仕方がなかったので探してみたんです」
「どうやって?」
「あの向日葵の咲いていた川、アユ釣りでちょっと有名でしょう?私もたまに行っていたんです。去年も行くつもりでいまして、だからあんなところで浮かんでいたのかもしれませんねぇ……」
「へえ……」
そういえばあの川、趣味の釣りの人、よくいるよなあって思ってた。うん、花火大会の時とか、塩焼きのアユ、売ってるし。そうか、釣りの人ってアユ釣りしてんのか。
「ですのであの河原で一本だけぽつんと咲いていたヒマワリのある場所。それをまず探してみたのですが……。河原のどこにもそんなものはなくてですね。上流か下流かもわからなくて。とはいってもその頃にはもうきっとヒマワリなんてとっくに枯れていたのだと思うのですけど。まあつまり、咲いていた場所は特定できなくて……」
ううううう、「そうですよね、川のどこかなんてわかんねえですよねぇ」なんて相槌打ったけど、すみません。そのヒマワリ蹴倒したの……俺です。
「……じゃあどうやって俺のこと探せたんですか?」
「貴方のお名前と、それから言葉を手掛かりに」
「言葉?」
「ええ。言っていたでしょう。『小学部受験コースを担当』と『生徒』」
「ああ……そういえば」
そーいえばなんかそんなことも言った記憶があるなあ。
「そういう言葉が出るのは先生というご職業だと思いました。けれど受験にコースですから学校の先生ではなくて塾や予備校の先生だと推測してみまして」
「あー、すげえですね。久慈さん推理小説とか読むほうですか?」
「ええ、まあ多少。それで、貴方のご自宅はあの河原から徒歩圏でしたので、川の付近のどこかにお住まいだということはわかりまして」
「あ、俺の自宅の位置とかはっきり覚えていたんですか?」
「いいえ。河原のあたりを色々歩いてはみたのですが……。道に迷っただけで探し当てられませんでした」
あー、そうだよなあ。迷いやすい道だしあの辺も。それに川の付近なんて一言で済むような範囲じゃない。すげえ距離流れてるだろ川ってさ。上流も下流も全部捜索なんてそりゃあ無理だ。
「まあそのあたりの私の記憶がぼんやりとしていたのもあると思いますが。それで探し方を変えたんです。あの河原から通勤可能な範囲の塾や予備校を片っ端から調べあげて『そちらに宇佐美和史先生いらっしゃいますか?』って電話を掛けまくりました」
うわ、すげえ。田舎の町だけどそれなりに塾とかあるんだよ?川の辺りから通勤可能な塾って……どのくらいあるんだ?すごい膨大な数じゃねえの?そんなにまでして俺のこと、探してくれたのかって思うとちょっと感動する。
「他に方法が思いつかなかったので……。県内全部の塾や予備校に電話掛けることになるかなと思いましたけれど、それでもいつかきっと貴方にたどり着くと信じていました」
川の近くの塾だけ探すんじゃなくて、県内全部?そこにある塾全部に電話掛けまくる気で俺を探したのかこの人。
「なんで……、そこまでして……」
嬉しいけど。探してくれて。
「貴方に、会いたかったからです」
きっぱりと俺の目を見てそう言って。
「去年も言ったでしょう?宇佐美さんはとても私の好みです」


続く
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