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「あー……、ソーヤ、か」
俺の顔見た途端に、上条さんが寝ボケじゃなくてオシゴトモードに切り替わる。
「二日酔いとかなってねえか?昨夜しこたま飲みまくったからな二人で」って声がまともになった。
「う……、ごめん。俺、昨夜の記憶途中までしかないんで……なんかやらかした?」
とりあえず、誤魔化す感じ。わからないって言っておけば突っ込まれないよね昨日のこと。
「あー……、酔っ払って店の中でも外でもタクシーん中でも歌いまくってたくらいか?まあ、たいしたことねえよ」
「あ、ははははは……ごめんなさい」
ホントなのか誤魔化しなのかわからない声。……まあ、両方なのかな?俺、酔っても歌うし。酔わなくても歌うけど。
「気分良さそうだったからいいんだけどよ。そのまま放置しておくわけにはいかんだろうってな。だからここ連れてきたんだが、キタネエ部屋ですまんな」
「ここって……やっぱり上条さんの部屋?」
「そうだ」
上条さんもむっくり起き上がってきて。とりあえずって台所からペットボトルの水、取ってきてくれた。あー、美味い。水がおいしい。ごくごく飲みまくったらちょっとだけ頭痛いのも収まった感じ。
「あー、ええと、さっきのデンワ、大丈夫なの?」
戦略会議で社長が怒ってる……って聞こえてきたけどさ、いいのかな?俺が迷惑かけたせいだとか言ったら謝らなきゃなあ。
「ああ、すぐに電話入れて謝る。ちょっと待ってろソーヤ」
「あ、俺すぐ帰るから。迷惑かけてごめんなさい」
ぺこり、って頭下げてみた。そしたら上条さんは俺のその頭一つ撫でて。
「急いで帰らなくてもいいぞ。今日は俺は仕事キャンセルだ」
「はあ?社長さん怒ってるんじゃねえの?」
「……今日はなんか仕事する気分じゃねえからな」
「いーのかよ」
「謝るしな。そんでもって会社に利益出してチャラにしてもらう」
「利益って……」
「まあ、色々だな。その辺は……。それよりソーヤ、今日は暇か?ちっとばかり海とか行かねえか?」
「はあ?」
考えとけや〜とか言って上条さんはケイタイ持って。あー、社長さんに謝りのデンワねってわかったけど、そっちはわかったけど何故海?
うーん、わかんねえなぁ上条さんて。男同士で海?なんで?
でも結局、俺もね、なんか二日酔いとか昨夜吐き出した言葉の影響だと思うんだけどちーっとばっかし虚脱状態で。そのまま上条さんに引きずられて海に行っちゃったんだよね。酒臭い、だけじゃなくて汗臭くもある昨日の服のまま。上条さんも着替えるの面倒みたいでそのまま。スーツの上着だけは着ないででもシャツはそのまま。皺だらけで、しかも不精髭もちょっとムサイ。そんな二人がちっさこいパステルがちょっと入ってる青いっていうか濃い水色?の軽ワゴン車に乗り込む。上条さんの車……にしてはちょっとどうかな?
「今CM真っ最中の、なんだっけ?『大事な人を乗せて海まで行きます』みたいなCMの車だよねこれ」
俳優の、ハトリなんとかってヒトのさわやかな笑顔とこの軽ワゴンが妙に似合ってるっていうかなんというかなCMが絶賛放映中。街中にもたっくさんポスター張ってあるし。それに軽だけど、結構しっかりしてる構造の車だから主婦のヒトのお買いもの用車としても人気らしい。ポップなカラーの車体は、そーだな。うん。可愛いよね。クマちゃんも免許取ったらこれ買うとか言ってたし。だけど、さ。上条さんの車としてはどーよ?上条さん190センチあるごっつい人だから、この車だと狭くないか?なーんて疑問がありありと俺の顔に出ていたらしい。上条さんは苦笑する。
「ああ、羽鳥がCM出演してそれでスポンサーからこれ一台貰ったんだけど、アイツ免許持ってないんだわこれが。だ、もんで最初は関口……ああ、羽鳥のマネージャーで、さっきオレのケイタイにかけてきたヤツな。関口に羽鳥は差し上げます、なんてあっさり言ってはくれたんだけどな。アイツも新車に買い替えたばっかの時で、さすがに二台はなあ……って困ってたからオレが貰ってやったんだよ」
なんて言いながらにやっと笑って。……仲良しだねって俺が言ったら、今度一緒に飲みに行こうなって誘われた。結構変わったヤツで面白いぞ羽鳥も関口もなんて言うし。……クマちゃん喜ぶかな?俳優の羽鳥なんとかと一緒に飲みなんて。そう思って俺はよろしくって返答。そんで狭いシートに潜り込むって感じで乗り込んでシートベルトをきっちり締めた。道は全然混んでもいなくて快調に進んでいった。海なんて久しぶり。でもアレだよね。高校生がみんなで遊びに行くとかナンパとか、カノジョとのデートとか、そういう目的があって行くんであって、今日みたいに無目的に行くのなんて初めてだ。だけど、まあいいか。ぼけーっとぼへーっと流れる景色を俺は見てた。特に会話なんかしなかった。カーステレオから流れてくるDJの軽快なトーク。流行の、曲。合わせて歌う気もしなかった。だからぼんやり、外見ているうちにいつの間にかちらちらと海が見えてきて。光の反射が眩しくて目を細めたりした。クーラーより外の空気のほうが気持ちいいなって思って窓全開に開けて海を眺める。遠くから眺めてるとすげえ綺麗で心魅かれるのにな。海ってさ、晴れの日とか凪ならいいよね。だけど、嵐の海なんてサイアク。そんな時海に出たらすぐに死んじゃうな。戦っても勝てねえし。……あ、昨夜のぐたぐた思い出しちまった。あーあ、まあいいか。海は母だなんてたとえはあるけどアレ、言いえて妙だよな。いくら晴れの日とか凪の時はよくても、嵐の海の時は必ずある。君子危うきには近寄んないほうがいい。君子って誰?まあ、それもどうでもいい。海もオンナノヒトも、遠くから眺めていたほうが安全。って、別に俺ホモの人とかじゃないからね。女よりも音楽に興味があるんです。それだけですよマジで。いちおうカノジョとかいたことあるし。……誰に言い訳してんだ俺は。なんてああだこうだ愚にもつかない思考を垂れ流しながら海をぼっけーと見てたら、いつの間にか車が駐車場に止まっていた。
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