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「おーい、俺のベースどこー?」
はいここですー、って駆け寄って渡してくれたスタッフさんに「ありがと」ってだけ言って。俺はベース構える。マイクスタンドの高さ、少しだけ調整して。もう既にスタンバってるみんなをくるりと見渡す。
「クマちゃん、ヤスさん、一之瀬。練習とかじゃなくって本番のつもりで一回合わせて。……ナツ君に、俺達の本気の音、聞かせたいから」
少し暗いステージの上。そこを照らす白のライト。
眩しいだけのこの場所が俺達の生きるところ。
照明さんが、スポットライトで俺を照らして。俺の意識が切り替わる。多分今俺は無表情。目だけが何かを突き刺すように真正面を見据えているんだろう。強い、視線で、客席の後ろにいる上条さんを見る。静かな熱が上がっていく。右腕を、その熱に同調させるように上にあげる。指先が、熱い。
一瞬の、間を開けて、腕を振り下ろす。
ジャストのタイミングよりもコンマ一秒早い気持ちで、クマちゃんのギターと一之瀬のドラムとヤスさんのシンセの音が真正面からぶつかった。
爆発音に似たカタマリ。
その塊を切り裂く高温のギター。俺の大好きなクマちゃんの音。叩き殺す勢いのドラムのリズム。全部を従わせるように、俺は最初の一声を出した。

大好きだって歌うのよ。
はるかさんの、声がする。
オレの欲しいものは才能だ。目が離せない惹きつけられる一級品の才能で。……ソーヤ。オマエに対しては恋愛感情なんかは持つことは出来ない。
上条さんの声も。
落ち込んだり嫉妬したり馬鹿なことしたり。
だけど、欲しいから。いつか、届けばいい。俺の気持ちが。
届かなくても、手を伸ばす。フラレ続けるかもしれないけど。だけど、どんなに苦しくて悲しくても。上条さんのゴメンて言葉、聞くたびに心臓切り裂かれるように痛んでも。
ダメージなんて受けてやらない。何度でも、手を伸ばす。
強く。諦めない。
何度でも、諦めずに。繰り返す。今度こそと、何度でも。……この気持ちがある限り。
俺は、手を伸ばし続けたい。
そうしたいんだ。
だから、歌う。歌い続ける。諦めずに手を伸ばす。
「……No Damage」
歌の、最後のフレーズを歌い終わって。俺は大きく息を吐く。
本気で、全力の歌。
才能だけは上条さんに届くなら。俺は手なんか抜いてやらない。
聞いて、くれたよな。俺の決意。
いっくら何回でもフラレたって、ダメージなんて受けないから。
クマちゃん達にひらひら手を振って、俺はステージを下りていく。一応、ナツ君の所に。でも本音は上条さんの所にね。
ま、でも、急ぎ足で。俺の歌どうだったか、伝わったか知りたいじゃん。
「どーだった?」
ナツ君に、にこって笑いかけながら聞いてみる。……だって、なんか顔がすっげえ強張ってんだもん。え、ええとー?
「ん?ナツ君?」
ナツ君がぎゅうとドレスを握る。頬が少しだけ震えた。どうしたんだろう?
「ナツ、」
横から、羽鳥先輩がナツ君の髪を撫ぜるてきた。傷つけないようにってそっと触れた指。
「泣かないで」
羽鳥先輩の言葉にナツ君が「え?」と驚く。羽鳥先輩のほうを向いて「泣いてなんか……」って何か言いかけた途端に雫がすうっと頬を伝って零れていった。
綺麗だな。
キラキラした結晶みたい。
目が、離せない。
「あ、あれ?なんで?」
泣いてくれたんだ、俺の歌を聞いて。
ナツ君は慌てて涙を拭ってる。涙で濡れた頬、もっとずっと見ていたいのに。
「う、わ。……ごめんなさい」
慌てて顔を伏せちゃって。
ゴメンナサイじゃないよ、俺は嬉しい。すっごい嬉しい。ねえ、ナツ君。俺の歌聞いて泣いてくれてるんだろう?それって俺の歌が伝わったってことだろう?
俺は、なんか喉が詰まって声が出なくて。だから、黙ったまま首を横に振った。ゴメンじゃないよ、ありがとうだよって言いたくて。今ここで伝えたいから、口を開く。
ありがとうナツ君、俺は嬉しい。
言う、つもりだったのに。
なのにっ!
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