▼隻眼ヤンキー冷凍オクラに出会う 3
 四月は出会いの季節だ。新しい顔が続々と増えていく。元就の周りもまた、例外ではなかった。今月から囲碁将棋部に新しい部員が入ったのだ。
 竹中半兵衛という少し変わった雰囲気を受けるその男は、ある日突然部室に入ってきたかと思うと囲碁将棋部に入ったことを端的に告げ、そのまま馴染んでしまった。

 いつも一人で碁を打っていた元就は、隣に人がいるという慣れぬ環境に戸惑っていた。いつもならぱちんぱちんと規則的に碁石を打つ音が響いているのだが、今はことんことんという音がまばらにするだけだ。半兵衛は向かいで将棋の指南書を見ながら、ゆっくりと駒を動かしている。

 五時か、元就は時計を見てそう思った。部活は最低六時まで続けるようしているので後一時間ある。だが五時という時間は元就にとって部活が終わるまであと一時間だ、という意味の他に連想されることがある。もうそろそろあの男が来るはずだ。

 たったった。廊下を走るなと言う、小学生のときに習うようなことも守れないのか、元親は毎回廊下を勢い良く走ってくる。

 「元就っ、碁しよーぜ!・・・誰だそいつ?」

 元親は入って来るなりどたばたと元就の隣に腰掛けると、いつもと違う人数に疑問を持つ。元親は初見の人間に会ったときの癖で半兵衛をじろじろと見ている。半兵衛は不快そうに元親を睨んだ。

 「先輩、何ですかこれ」

 最早元親は人の扱いを受けていない。さて、どうやって説明すればこの最悪の印象を改善できるだろうかと元就が悩んでいると、元親は何かに気付いたか目を見開いている。

 「あー!思い出した、お前ぇ同中の竹中だろ!」

 至近距離で叫ばれると耳が痛い。元就はむっとして元親を問い詰めようとしたのだが、相手は元就のことなど眼中に無い。ちくっと何かが痛みを感じた。

 「・・・?そうだったかい?僕は君の事なんて記憶に無いね」

 確かに、同じ中学にいてもタイプの違うこの二人では接点も何も無いだろう。元親も半兵衛とは何の関係も無かったことに気付いたのか納得した顔をしている。

 「・・・でもよぉ。何で俺お前の名前知ってんだろ・・・」

 半兵衛が元親の名前を知らなかったことに対しては納得したらしいが、なぜ元親が半兵衛の名前を知っていたかは分からないようだ。

 「僕に分かるわけないだろう、君のことなんて知らなかったんだから」
「それもそうか・・・」

 半兵衛のもっともな主張に元親はこれ以上その問題を追及することをやめたようだ。元就は事態が落ち着いたことに安堵したが、何だか釈然としない気持ちに苛まれていた。
 何故だか知らないが、先ほど元親に気付かれなかったときに酷く傷付いた感じがしたのだ。元就はそんなことは日常茶飯事であっただろうと自分に苛立つ。

 「元就。どうした?早く碁、打たねぇとコーチ来ちまうよ」
「・・・ああ」

 そういえば元親はバスケ部に入部していた。コーチがいない間を狙ってはちょくちょく囲碁将棋部に出入りしている。初見のあの騒ぎはどうも入部に関係していたらしいのだが元就は知らない。
 それよりも元就は元親がバスケ部であることを忘れるほどこの男が自分の日常に入り込んでいたのかと思うと愕然とした。向かい側に座っている元親が元就を急かす。

 「何だよ、まじでコーチ来るって」

 基礎トレーニングの後のシュート練習やミニゲームなどをさぼって来ているのだから、一度くらいコーチに見つかって怒られればいいと思うのだがまだそんな話は一度も聞いたことが無い。コーチはだいたい部活が終わる一時間前くらいにやってくるらしい。バスケ部の終了時刻は七時なので大体六時頃に来るのだろう。まだ六時までには時間があるが元親は毎回大事をとって三十分早く部活に戻っている。ちなみに今の時刻は五時二十分だ。囲碁の勝負をするには時間が足りない。

 「長曾我部、今日はもう戻れ」

 この言葉を発しているのは元親と碁をする時間が無いことを冷静に理解しているからという理由だけでなく、頭がこの気持ちが雑然と入り混じった状況を何とかしろと訴えていたからでもあった。

 「は?なんでだよ、まだ時間あんだろ?」

 元親の主張は間違っていない、時間が無いといっても途中の状況を記録しておけば次回その続きができるのだからそうすればいいのだ。事実何度か時間切れでそうしたことがあった。

 「もう碁をするほどの時間は残っておらぬ。それに貴様ここに来すぎであろう。たまにはきちんと部活をせよ」

 元親が痛いところを突かれたという顔をした。八つ当たりとは少し違うが自分の事情で相手を振り回していると言う点では同じであろう。元就は少しだけ胸が痛むの感じた。

 「分かったよ。んじゃあな元就」

 少し怒った声で元親が別れを告げる。元就は口を開かずに首を縦に振ることで了解を伝える。

 「毛利先輩、何であんな男が出入りしているんですか」
「さぁ、我も知らぬ」

 本当に分からぬ、始めはただの退屈しのぎだったずなのだが、だんだん違うものになっている。それに鈍感でいれるほど元就は図太くはない。あの男に友情など感じておらぬと自分を押さえつけているのだがいつまでそうしていられるかは分からない。

 気持ちが悪い、苦しいのではなく気持ちが悪いのだ、こんな馴れ合いをしている自分が。元就は計算外の事態にいいようのない孤独感を感じていた。そんななか頭に浮かぶ顔はなぜか、元親の笑った顔だった。
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