(R)戦後-いくさのあと- 1)

戦後-いくさのあと-




 それは、戦の前の夜のことだった。
「お前を、抱きたい、馬超――」
「無理だな」 
 おずおすと求めてきた趙雲を、馬超はにべもなく拒絶した。
「でも・・・お前を確かめたいのに」
「俺に腰くだけで出陣しろというのか、痴れ者め。お前などに掘られたら馬に乗れんわ」
 まあ、ちょっと言い過ぎだったかもしれない、・・・と思ったのは、趙雲があんまりがっくりと消沈したから。
「・・・じゃあ、戦が終わったあとなら、いいか?馬超」
「そうだな・・まぁ、考えてやらんこともない」
 とは言った。
 言ってが。・・・だからと言って!
 この状況は、なんだ?




 ちょっと来てくれ、と呼ばれて、趙雲の幕舎に足を踏み入れた瞬間の、できごとだ。なぜかぐいと手を引かれ、押し倒されていた。
 これは。まさか・・・
「ま、待て、趙雲」
「それは出来ない相談だな。おまえの頼みならば何だって聞いてやりたいのだが・・・な」
 冴え冴えとした端麗な容貌が口端を吊り上げたかと思うと、ぐいと床に押し付けられた。乱暴なやり方もさることながら、不敵な表情に目を見張る。
「戦が終わったら良いと言っただろう?」
「しかし、人が来―――」
「人払いはしておいた。だが、あまり声を出すと、来るかもしれないな。だからおとなしく抱かれたほうがいい」
 ふふと鼻先で笑う。この男はこんなに艶かしく笑うやつだったか。乱れた前髪の下で、つややかな黒瞳が笑みを含んで細まっている。
「それとも見られたいか?警備の兵も眼福だ。西涼が馬孟起の閨の図など、望んで見られるものじゃない。それも美女を喘がせているのならともかく、自身が男に組み敷かれているときたものだ」
「貴様・・・!」
 掴まれた手を振り切るために力を篭めようとすると、それより一瞬早く、両手首を床に押し付けられた。そのまま体重をかけられて、押さえ込まれる。
「暴れられると、まるで無理やりしているような気になるな」
「文字通り、無理やりだろうが・・っ!」
 罵声を上げるものの、気が気ではなかった。
 野外に張った天幕の中でのやりとりである。敵軍との小競り合いは、諸葛丞相の策によって勝利をおさめ、あざやかな戦勝に味方の陣地は浮きたっている。戦時中ゆえ酒こそ振舞われていないものの、そこかしこで賑やかに立ち騒ぐ足音と、どっと盛り上がる笑い声が風に乗って幕舎に届く。
 人払いしたといっても警備の兵は多数出ており、いくら戦勝に湧いているからといって、妙な物音や声に気付かれでもしたら、踏み込まれるに違いない。
「待てというに、趙・・雲」
押し殺した声で叫ぶも、返るのは「待たない」と笑みを含んだ声だけで、戦袍の襟がぐいと肌蹴られ、もう片方の手は腰骨を引き寄せようとする。
「どけ・・っ」
「―――――――」
 自由になる足で蹴り上げるが、体勢が悪いせいで力が入らず、ぼす、と間抜けな音を当ててのしかかる男の太ももをかすめただけだった。
 す・・・と音がしそうなほど唐突に、笑みが消えた。それからゆっくりと音もなく、違う種類の笑みが戻ってくる。
「私は待てないと言っているのではない、馬超。待たないと、言っているんだ・・・」
 笑みを含んだ恫喝にそれでも抗っていると、ふん、と不快そうに息を吐いて、いきなり突き倒された。
 体勢の不利ゆえとっさに受身を取ることもできず、背を床に叩きつけられる。
「―――く」
 呼吸を失うほどの衝撃を背骨に感じて息を止め、無防備になったところを、後ろ手に両腕を縛られて床に転がされた。
 趙雲が微笑む。目を細め、ゆっくりと、会心の笑みともいえる美麗さで。
「おとなしく抱かれておけばいいのに。あいかわらずお前は強情だ」



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