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XX カクテル

彼女の普段の私生活では考えられない会話、しかも彼女は普段の私生活を全く感じさせない
他の人だったら鉄面皮の様にも感じるかも知れないが、TPOで区別する事が出来るタイプなのだ 教養が有るのだろうが嫌味な感じでは決して無いのだ 知識を持っていても曝け出す事はしない 知識も経験も全て活きて行く上で約に立つのだ でも自分自身で卑下する事は無いし、彼女の魅力に更に引き込まれてしまう

VAMPと書かれたドアを開けるとジョー・コッカーの”A woman loves a man”が流れていた ブル・ダーラム(日本名は「さよならゲーム」)の映画で使用された曲なのだが、映画自体はアメリカ社会を象徴するような内容だったと思う 
「いらっしゃいませ」 
バーテンダーはコースターを其々の席の前に置くと、目の前の客と目線を合わせる事無くグラスを磨いている 
「俺にはサイドカーを、彼女は・・」
彼女はメニュー表とニラメッコをしているのだが、良く分かっていない様である
「彼女には・・キャロルを」
キャロルは食後酒で(ディジェスティフ)だがサイドカー同様ベースはブランデーである アフターディナーを楽しむカクテルとして生クリームベースのカクテルが多いのだが、例えばベースとして珈琲リキュール・アプリコットリキュール・カカオやキュラソー・ペパーミントを用いたものが多い 代表的なものはグラスホッパーかな
個人的にブランデーベースが好きだから彼女にも、同様の好みを強いるのかもしれない
カクテルの歴史は古く、古代エジプトではビールに生姜とか蜂蜜を混ぜて飲んでいたらしい まぁビールの方が歴史は旧いのだが、カクテルが今のスタイルに成ったのは1879年の製氷機の発明以降なんだな
因みに、食前酒はアペリティフ・カクテルである 辛口のマティーニやマンハッタンが食欲を増進させるのだ

彼女は料理に詳しかったけれど酒に関しては、特にカクテルに関しては全く興味が無かった様である
それでも彼女は自分に合わせてなのか、雰囲気を大切にしてくれるのか、素直に従ってくれる可愛い娘なのだ
カクテルと言えばマティーニだが、ここでも自分は薀蓄を垂れるのだ こんな機会は無いっうよりも、今日はテンションが高い・・??

「マティーニもギブソンも材料は同じ マティーニはミキシング・グラスでバー・スプーンを使いステアしギブソンはシェイクするのだが、ステアしたマティーニはキーンと鋭角的に仕上がり、シェイクしたギブソンは空気が混入するだけ柔らかく仕上がる 最後に添えるのもオリーブとパールオニオンのと違いは有るものの、ギブソンもステアするバーマンも居るけどね チャールズ・D・ギブソンというアメリカの画家の名前が付けられたカクテルなんだよ」

「また短時間で即効酔うためにMOJOなるカクテルも有るのだが、MOJOの本来の意味は、麻薬・薬中毒・性器・魔除けなどの事である ウィスキーやラム、ウォッカなどアルコールが入っている物なら何でも雑ぜ合わせて、チェリージュースを最後に入れた爆弾酒なのだ 別のカクテルでウォッカとトリプル・セックとライムジュースを一オンスずつシェイクして、氷を入れたオールドファショングラスで飲むのだが、此方の名前は「カミカゼ」と呼ぶ ベトナム戦争当時、何時死ぬのか分からない兵隊達が好んだのか不明だが、第一世界大戦の時にヨーロッパ西部戦線の塹壕で強烈なリキュールのアブサンで、兵隊達が死の恐怖から逃れる為に好んだのと同様かも知れない アルコール分が強く辛口のカクテルは他にも、アースクェーク(地震)、サンダー・クラップ(雷鳴)、アイ・オープナー(目覚め)などが有るんだな」 まるで相手を自分の陣地に引き込むような内容だよね 自分に暗示を掛けているのかもな 自信が無いから一方的な訳の分からない話で屈服させようとしているのかもな 自己嫌悪・・

喋りすぎだね 会話も一方的だ 自分ばかりが喋っていたのでは彼女に失礼だよね 気持を取り直して大人の男になる 彼女はどんな場合にも自分の話を聞いていてくれる 

薄暗い店内に50インチモニター映像の光が浮き出でいる 夜景が映し出されているが、何処か見た事が有る雰囲気はニューヨークマンハッタン島だろうか
バーテンダーは其々の前に氷で冷やしたグラスを置くと、其々の前でシェイクしたカクテルを注ぎ入れてくれた

「今夜は有難う、料理は満足して頂けたかな?」
「美味しかったわ」
彼女は満足そうに笑みを浮かべると、グラスを手に持ち私のグラスに乾杯をした
少し甘いカクテルは先程の料理の味を殺さずに、また口当たりの良さが次のカクテルを望んでしまう 女性は薄暗い雰囲気と少しだけ大人の空間が好きである。二人の世界に若者達の賑やかさも、サラリーマンのカラオケもいらない
バー空間では、プロバーテンダーによる非日常の演出が求められるのである
人間誰でも先の事など判らないものだ でもバー空間は時間の流れを変えて、現実を隔絶してくれる
先程までの夜景と美味しい食事は我々二人の間を親密にするものだが、此処でのバー空間はこれからの流れを決定付けるものなのである 
「私は博さんが好き そして博さんは私の事が好き・・ 博さんは私が好きで、私も博が好きなの!!」